January 27, 2008

誕生日会

Filed under: Event — yoko @ 11:59 pm

もう2週間も前の話になりますが、娘の誕生日会は無事終了しました。

今年はExploritという子ども向け科学博物館で、マジック化学ショーをスタッフの人が一時間ぐらいやってくれるというイベント付きのものをやってみました。

去年、おととしは娘の希望により、家にお友達を呼んでやったのですが、特に去年、あまりに疲れてしまったため、今年はどこかでやりましょう、と言う方向で話を最初から進めました。キンダーの時は「科学者になりたい」と宣言した娘のこと、それに魔女も好きだし、このExploritの案はすんなり受け入れられてほっとしたものでした。ちなみに、最近は彼女、「アーチスト(画家)にもなりたい」そうです。日本ではアーチスト、アメリカでは科学者になる、みたいなことも申しておりました。

それでも準備はそれなりに大変でした。特に当日物を運び込むのは結構労力を使いました。付き添いの親の飲み物とか、コーヒーメーカーとか、ケーキ二つ(子供用と大人用)、更には風船などを運び込むのは一大事でした。でも、やっぱり家でやるよりは準備が簡単だったし、お姉さんが子どもたちの相手を最初にしてくれるとわかっているのは気が楽でした。

そして、皆さんにもなかなか好評でした。子どもたちが、お姉さんのやってくれるドライアイスの実験に大喜びしたり、液体のりから作って見せてくれたぐにゃぐにゃの物体をキャーキャーさわったりと、とてもよく反応してくれて、見ている大人も喜んでくれました。年齢的に丁度良かったかな、という感じでした。

スタッフの人たちもとてもよい印象でした。

よかった!

特に、最後の会計の時、「子どもの数は4歳以上(お金を取られる対象となる子ども)は10人の定員ぴったりでしたよね?」と確認したら、「数えてないからわからないけど、もしもっといたと思ったら、その分だけ後で寄付金箱に入れておいてくれればいいよ!」という、商売っ気のないおにーさんの人の良さにちょっとびっくりしてしまいました。Explorit、大丈夫でしょうか・・・。
さあて。

・・・・来月の息子の誕生日会に向けて、そろそろ準備を開始せねば・・・。

January 9, 2008

はるかweek

Filed under: Event, アメリカの学校 — yoko @ 10:55 pm

一般的に、アメリカでは子どもの誕生日は一大事である。昔はそうでもなかった、とか、今でも家族・親戚だけのイベント、と捉えている家庭もあるようだが、大抵の子ども、特にキンダーに入る5,6歳から8,9歳ぐらいの子どもたちは、クラスメート全員を招待して、色々な会場を借り切ったりしてパーティをすることは普通である。

うちの娘の誕生日は1月8日。我が家では、あー、クリスマスが終わった、お正月も終わった、やれやれ、といつもの生活に戻ろうとすると、この一大イベントが待ち受けているのである。

それだけではない。なんと学校でも結構盛大に祝ったりするのである。娘の学校はそういうところは地味目にするということなので、それほど大変ではないけれど、それでも色々な準備があって大変なのは親である。

まず、大抵誕生日の時”Special Week” とか、”Star of the Week”とかいうことになって、自分のことを皆に説明するため、ポスターを作ったり、自分の好きな本を持っていって読んだりしなければならない。ポスターは、用紙が決まっていて、書くことも決まっている学校も多いようだけれど、娘の学校はまったく自由。娘はそういうことが好きだからいいけれど、そうでない子どもは大変だろう。

誕生日の日には、何か自分の好きなものを持っていって皆とシェア(分かち合うというのだろうか)していいことになっている。好きな本でもいいし、食べ物でもいい。ただ、あまり甘くないもの、というのが担任の先生の希望だ。娘はクッキーがいいといって、先生もそれでOKということだったので、前日に小さめのクッキーを70個ぐらい焼いておかなければならなかった。

更に、やっぱり家でもケーキが食べたいだろうから、それも焼いた。

そして今度の日曜日は誕生日会。娘は補習校で仲良しのボーイフレンドまで招待している。
やっぱりアメリカ人というのはパーティ好きなんでしょうかね。

それにしても、嵐の直後の日曜日に、パーティをしようかとも思っていたのだけれど、たまたまその日はもう予約が入っていたので来週にしたことを思い出した。来週でよかった。

そういえば、最近あやとりが得意になった彼女は、それを学校のspecial weekでやってみせるといっていたような気がしたが、まだやっていない。いいのだろうか。 明日聞いてみよう。

January 6, 2008

停電

Filed under: Event — yoko @ 1:59 am

2008年の始まりは、出だしは結構スムーズだった。

前日も年越しそばを食べ、それが結構おいしい麺だったので喜んでいた。
元旦はお雑煮を作って、簡単なおせち料理も数品お皿に並べて、いいかげんなものだけれどもここ数年では一番まともなお正月の食事ができた。その後、新年会に呼ばれていて、そこでもおいしいお雑煮などを頂いた。和やかな雰囲気で、久しぶりに大人の会話も楽しめる、よい会だった。

2日はのんびり過ごし、3日にはSan Joseに買い物に出かけた。雨が降って、嵐の前という予報だったが、この時まではそれほど激しい雨脚でもなかった。

ところがその夜。風雨はどんどん激しくなり、明け方には屋根から寝室の窓ガラスにかけて「バキッ」というような音がして起こされた。それでも、強風はこの辺りでは時々あることなのでそれほど大事とも思っていなかった。
娘が起きてきそうになった頃にこちらも起き出して窓から外を見ると空が暗くてかなり風も強い。しかも庭を良く見ると、裏の家の杉の大木の枝が何本か落ちて家にあたったようである。これであの音が、枝が折れて家に当たった音だったのか、と理解した。

その後、お雑煮続きだったので久しぶりにパンケーキでも焼こうかと思い、ホットプレートに電源を入れ、卵と牛乳と粉を混ぜ合わせようとしたその瞬間に停電になった。風が強かったので、まあ、こういうこともあるだろう、と思って、とりあえず慌てず、ガスレンジにチャッカマンで火をつけてフライパンでとにかくパンケーキをみなの分やいてしまった。起きていた娘はパクパクとおいしそうにあっという間にパンケーキを食べた。私が食べ始めると再び隣に座って私のパンケーキからも二切れぐらいもらっていた。

この日、私は昼時にヘア・カット、午後にはミーティングが入っていて、夫が私がいない時は家で子どもを見てくれていることになっていた。ヘア・カットはこの嵐の中、停電の中、可能なのか電話してみると、営業は問題なくしているということで、時間通りに出かけた。ダウンタウンへ向かおうとして、初めて、事態は思っていたよりよくないのかな、と思った。というのは信号機がほとんど消えていたのである。

それでもなんとかヘア・カットは無事終了。ダウンタウンの店は皆営業していたので、大丈夫かな、と思って家に帰る。ただ、ミーティングはあるのだろうか。電話で確認しようかと思っていたら電話がなって、ミーティングはキャンセルになったという知らせだった。

この辺りで、夜になっても電気は戻らないかもしれないなと考え始め、午後早めに子どもをお風呂に入れたり、まどのちかくで折り紙をして一緒に遊んだりして、夕食の準備も早めにした。キャンプに使うランタンやヘッドランプ、ガスグリルやレンジが大活躍した。久しぶりに鍋で炊いたご飯は少々やわらかかったが、グリルで焼いた塩鮭はおいしかった。子どもたちは「おうちでキャンプ?」といって喜んでいた。

ただ、電気が通らないとヒーターがつかず、寒いのには参った。といっても外もマイナス何十度になるわけではないので耐えられないほどではなかったが。

夜は子どもにもいつもより一枚多く着せたまま寝かせた。

そして、翌朝。やっぱりまだ電気は戻っていなかった。ただ、空は晴れ間も見え、夜の間風も収まっていた。補習校の始まる日だったので、 とりあえず行くことにする。娘が車の中で食べる朝ごはんをタッパーに入れ、出発。晴れているし、車は少ないしで気持ちが良い。補習校にいくと、Davis以外の人々の状況がよくわかった。Davisでも長い間停電しているのは我々のいる北や南の一部などだけであること。他の地域の人は全く停電を経験していない人も多くいた。Davisでも停電していないラッキーな人々がいることなど。復旧していない地域から通学してきたのはかなりの少数派だったようで、周りの人には大層同情された。

一旦Davisに引き返し、12時少し前に娘を迎えに行く。そのころ嵐の第二波がやってきたようで、また雨が降り始めた。高速に乗る頃には雨がかなり激しくなっていた。サクラメントのダウンタウンの辺りで、対向車線を見ると事故車が二台とパトカーが止まっていて、渋滞しつつあった。家にすぐに帰っても寒いだけだし、この嵐の中復旧作業が進んでいるとも思えなかったので、娘を迎えに行った後は食事を食べて帰ることにした。いつも結構混んでいるレストランも今日はがらがらだった。幸いその間に雨が弱まってきた。

その後2,3件お店を回って、電池やら暖炉用の薪やらを買って帰った。途中携帯電話に色々な人から電話があった。自宅に電話したら留守電が出なかったといって、心配した姉も電話をしてきた。

結局自宅に着いたのは四時半ぐらい。途中、信号が結構回復していたので、少し期待して自宅の回りも見てみると、どうやら電気がついているようだった。私が車から先に降りて、玄関から家の中を見ると電気がついているのがみえた。心底ほっとした。自宅に電気が戻ったのは3時40分頃だったらしい。前日の朝7時40分ごろから、実に31時間あまりも停電が続いていたのだ。冷凍庫の中は、氷が解け始めて水になりつつあったが、それ以外のものは案外まだ凍ったままだった。冷蔵庫の中のものはかなりだめになっているだろう。

明日点検して、整理しなければ。これで冷蔵庫の大掃除になるだろう。それはそれでよし。

とにかく、普段から3日間ぐらいは電気がなくても困らないぐらいの心構えでいないといけないかな、と考えさせられた。

それと、やはりキャンプ用品はえらかった。ああ、寝袋も出してもよかった。でも、とにかく電気の有難さ、普段の生活の便利さを再認識させられる年の始まりであった。とにかく、家族揃って無事なのは有難いことです。ほんとに。

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